大判例

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東京高等裁判所 昭和32年(う)846号 判決

被告人 桝田屋秀昭

〔抄 録〕

弁護人の控訴の趣意第一点について。

論旨は、原判示第一の事実につき原審の事実誤認を主張するものであるが、原判決挙示の証拠を綜合すれば原判決認定の事実は優にこれを認めることができ、記録を精査検討し、当審における証拠調の結果に徴しても原判決に事実誤認の疑は存しない。弁護人は、刑法所定の公然猥褻の罪における公然とは、不特定多数人に認知し得る状況をいい、主観的には、自己乃至関係者の行為が公然性を有することを確定的に又は不確定的に認識することを、客観的にはその行為の行われる環境が公然性を有することを必要とするにかかわらず、本件被告人の所為はそのいずれより観察するも公然性がない、と主張するにつき按ずるに公然猥褻罪における公然とは不特定又は多数人の認識し得る状態をいうものであることは所論のとおりであるが、この場合現実に認識されなくとも、認識の可能性があれば足りるものと解すべく、また行為者において自己乃至関係者の行為が公然性を有することについての認識は必ずしもこれを必要とせず、客観的にその行為の行われる環境が公然性を有すれば足りるものと解すべきところ、記録並びに当審における証拠調の結果によれば本件被告人の原判示第一の所為の行われた場所は熱海市上多賀曾我浦海岸、通称雀岩附近であり、同所は熱海市随一の海水浴場であり、曾我浦バンガローより同市曾我浦千二十八番地偕楽園に至る海岸線のほぼ中間地帯で、それぞれ双方から約二百米の地点に当り、現場西側は約五十米位の岩石の絶壁をなす断崖であり、南北両側は高さ数米の大きな岩石に遮ぎられた東側の海に面して南北約十米、奥行約七、八米の広さを有する大小多数の石が堆積している緩傾斜の海岸であつて、前記バンガロー若しくは偕楽園前より徒歩で現場に至ることも可能であり、本件犯行の行われた十一月頃はいわゆる行楽季節であり、遊覧船に乗つて沖合を通ることも多く、また現場附近は上多賀漁業組合の漁業区域になつているため漁夫や住民が作業に来たり、通つたりすることもあり、また海岸に打ち上げられた薪を拾いに来る人もある地域であることが認められ、所論のごとく、人影など絶対にない事をなすに屈強の場所であるとなすことはできない。このことは被告人において本件犯行に当り、特に見張りを立て、また人が来はしないかと不安に思いつつ事を行つた事跡に徴しても窺うことができるのであつて、現実には通行人なく、ただ現場より東方海上約三百米の地点を遊覧船が一隻通行したに過ぎないとしても、不特定又は多数人の通行し、若しくは認識し得る可能性のある場所で本件猥褻の行為に出でた以上刑法所定の公然猥褻の罪の責を免れないものといわなければならない。畢竟所論は採用し難く、論旨は理由がない。

(花輪 山本 下関)

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